安心できる時間のあとで
世界一周の旅をしていると、不安も疲れも当たり前にあります。でも、それらは不思議と「旅の空気」の中でやり過ごせてしまうことが多かったです。本当に実感したのは、旅の途中で、一度ほっとできる時間を過ごしたあとでした。
親族の結婚式に参加するため、私はフランスからグアムへ飛びました。旅を始めて半年くらい経った頃です。
久しぶりに、心の底から安心できる人たちに囲まれました。言葉を選ばなくていい。気を張らなくていい。ただ一緒にいて、何でもないことで普通に笑える。それだけで、無意識にこわばっていた肩の力がすっと抜けるような感覚がありました。
私は、旅の中で日本語が通じる環境にいることは、ほとんどありませんでした。いわゆる日本人宿にも泊ったことはありません。一度だけ、中米で知り合った人が泊まっていた日本人宿に行ったことがあります。でも、そのときに自分にはあまり合わないなと感じることがあって、それ以来、意識して距離を置くようになりました。
今思うと、そのぶん私は、自分で思っていたよりもずっと「日本語が通じる空気」に飢えていたのかもしれません。グアムで家族や親族と過ごした時間は、純粋に楽しかった。それがどれだけ自分にひびいていたかは、別れの瞬間まで気づきませんでした。
旅が半分を過ぎる頃
旅が半分を過ぎていたことも、大きかった気がします。 前半は、とにかく初めてのことが多い。景色も文化も空気も、全部が刺激になります。でも後半になると、その刺激にも少しずつ慣れてきます。私の場合は、過酷な地域からゆるい地域へ移っていく旅程だったので、その感覚はなおさらでした。
旅がつまらなくなったわけではありません。ただ、帰れる場所のことを一度強く思い出してしまうと、気持ちがそちらに向いていくことがあります。
その頃から、ふと「早く日本に帰りたい」と思うことがありました。
別れたあとに気づいたこと
式が終わり、翌日みんなは日本へ帰っていきました。私はその姿を見送ったあと、ひとりで余韻にひたりながらヨーロッパに戻る飛行機を待っていました。
前の日、母が「今日くらいちゃんとしたホテルに泊まりなさい」とお金を渡してくれたのです。そのことがなぜか頭から離れず、急に泣きそうになりました。
不思議でした。それまで、自分がそんなに寂しかったとは思っていなかったからです。旅は楽しかったし、このまま続けられると思っていました。孤独を強く感じる瞬間も、そこまで多くはなかった。それなのに、別れの瞬間にだけ、感情が一気にあふれてきました。
誰かが自分のことを気にかけてくれている。そのことが、思っていた以上にしみたのだと思います。あのとき初めて、自分の状態を少し客観的に見ることができた気がします。こんなに孤独をためていたんだな、と。
旅のしんどさは、つらい最中にそのまま実感するとは限りません。むしろ安心した瞬間に、それまで見えていなかった部分が急に目立ってくることがあります。
安心したあとの反動
思い返すと、旅の途中に感じていた不安は、初めてのことへの緊張が中心でした。 言葉が通じないかもしれない。体調を崩したらどうしよう。移動はうまくいくのか。治安は大丈夫か。こういった不安は、原因がはっきりしているぶん、対処のしようもあります。
その一方で、ほっとできる時間を過ごしたあとの私は、旅を続ける気力そのものが、ゆっくり抜けていくような感覚になっていました。 もう帰ってしまおうかな。この先、また楽しめるんだろうか。不安というよりも、無気力に近い感じだったかもしれません。
旅先では気を張っているぶん、かえって折れずに進めることがあります。でもその反動で、安心できる時間のあとにガクンと力が抜けることもある。私にとって本当にきつかったのは、旅の不安そのものより、その反動のほうでした。
動けなくなった日
結局、私はヨーロッパへ戻りました。オランダのアムステルダム着でした。 もやもやした気持ちを抱えたまま旅を続けましたが、ベルギーのブルージュに着いても、気持ちは戻らないままでした。
そこで一度、完全に止まってしまいました。数日間、観光もせず、宿にこもっていました。 ベッドに横になって、日本の動画を見て、天井を眺めて、また時間が過ぎる。旅に来ているのに何をしているんだろう、本当に情けないな、と暗い方向に考えてしまう。
長旅は自由そうに見えて、期限があります。時間が減っていく感覚が強くなると、何もできない時間そのものが焦りに変わっていきます。 行きたかった場所にもう行けないかもしれない。どんどん遅れている気がする。焦ってはいるけど、動く気になれない。
この自分でコントロールできない感じが、いちばん苦しかったです。
散歩だけした
そこで私は、無理に元気になろうとするのをやめました。 観光しなくていい。ちゃんと楽しめなくてもいい。とりあえず外に出る。それだけでいい、そう決めました。
最初は、宿の近くを少し歩くだけでした。カフェに入って、座って、コーヒーを飲むだけの日もありました。それでも、外の空気に触れているうちに、ほんの少しずつ気力が戻ってきました。 いきなり元通りになるわけではなくても、その少しが次の日につながっていきました。
あのとき必要だったのは、気合いではなく、ごく小さく動くことだったのだと思います。
今ならこう考える
今なら、こういう状態になったときに大げさな対処はいらないと思っています。予定を少し減らして、1日しっかり休む。散歩だけする日があってもいい。すぐに元気になろうとせず、回復に時間がかかることもあると、ただ受け止める。それくらいで十分です。
旅の途中で帰りたくなることは、失敗でも弱さでもありません。安心できる場所を思い出したら、そちらに気持ちが流れていくのは自然なことです。
旅は、ずっと前向きでいられるものではありません。静かに休む時間も、そのまま旅の一部だったと、今は思っています。
まとめ
旅の途中で気持ちが落ちると、何が起きているのか自分でもうまく分からないことがあります。私自身も急にスランプにおちいって、しばらく動けませんでした。
でも、そんなときは無理に元気になろうとしなくて大丈夫です。散歩だけする日があってもいいし、少しずつ戻っていけば、それで十分だと思います。
本当にもう無理だと思ったら、旅を中断して帰ることも立派な選択肢です。そこまで含めて、自分を守る判断だと思っています。
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