あの頃の自分に届けたい、旅の処方箋

 

海外旅行に行きたい気持ちはあるのに、
体調のことや準備のことを考えると、
少し足が止まることがあります。

 

現地で熱が出たらどうしよう。

薬は何を持っていけばいいんだろう。

保険は入った方がいいのかな。

気持ちが落ちたとき、どうしたらいいんだろう。

 

このブログでは、旅する薬剤師 ボンディオラ が、
旅先で感じやすい不安を、
医療目線も交えながらやさしい言葉でまとめています。

 

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旅と心

旅の途中で、ワクワクが消えた|長旅の「中だるみ」と戻し方

2026年3月7日

旅の途中でワクワクしなくなる時期がある

先に書いておくと、長旅の途中でワクワクしなくなる時期があっても、それだけで「自分の旅は終わった」と考える必要はないと思っています。

しばらく旅を続けていると、観光地に行っても反応が薄い。移動がただの作業みたいに感じる。写真を撮る気も少し弱くなる。そんな時期がくることがあります。

私自身、世界一周の途中でその感覚をかなりはっきり自覚した時期がありました。今ふり返ると、あれは飽きというより、慣れと、少し緊張が抜けたことが重なっていたのだと思います。


なぜ感動が薄れるのか

旅の前半は、何もかもが初めてです。
初めて見る景色。初めて聞く言葉。初めてかぐ街の匂い。そういうものが続く時期は、多少疲れていても勢いで進めてしまうことがあります。

でも、旅が後半に入ると、初めてのことの密度は少しずつ下がってきます。前なら大きく動いていた気持ちが、少し静かになってくる。

これは、感動できなくなったというより、旅の刺激に少し慣れてきたというほうが近い気がします。同じような景色や流れが続くと、気持ちの反応が少しずつ落ち着いてくるのは、長旅ではわりと自然なことなのかもしれません。


私が中だるみした時期

いちばん強く感じたのは、アメリカ大陸、アフリカ大陸、中東をまわって、ヨーロッパに入ってしばらくしてからでした。

モロッコのタンジェからフェリーでスペインのアルヘシラスに渡った頃は、まだ気持ちが動いていました。最初の街コルドバでは3日間ずっと街を歩いて、朝も夜も外に出て、映画の中みたいな街並みに普通に感動していました。

でも、先へ進むにつれて少しずつ反応が変わっていきました。教会に入っても、前ほど気持ちが動かない。「また教会か」と、頭のどこかで思ってしまう。
教会が嫌いになったわけではありません。ただ、心のほうが慣れていたのだと思います。

ドイツもオーストリアも、早めに出てしまいました。自分でも少しもったいないとは思ってたけれど、そのときは気力がついてきませんでした。


孤独とは少し違っていた

この時期のことは、前に書いた「孤独」の記事とも少し重なっています。

グアムのあとに気持ちが落ちた最初のきっかけは、寂しさや孤独の反動でした。安心できる人たちと過ごしたあとに、またひとりへ戻った。その落差がしんどかった。その落ち込みは、1週間くらい続いていたと思います。

ただ、今回ここで書きたいのは、そのあともしばらく続いていた別の感覚です。

西ヨーロッパは何回か来たことがあって、大体の雰囲気も分かっていました。それまでの中南米やアフリカ、中東に比べると、旅の緊張感も少し抜けていた。その状態で、観光しても反応が薄い、移動が作業みたいになる、という時期がハンガリーを過ぎるくらいまで続いていました。

自分の中では、最初に強く出たのが「孤独の反動による落ち込み」、そのあと長めに続いたのが「慣れによる中だるみ」という感じです。


ルートの流れも大きかった

今ふり返ると、ルートの流れもかなり関係していたと思います。

それまでの中南米、アフリカ、中東は、どちらかというと緊張感のある地域が続いていました。情報が少ない、言葉が通じにくい、トラブルの種類が読めない。そういう環境では、気を張ることが自然と旅のエンジンになっていました。

ヨーロッパに入ると、その緊張が少しやわらぎます。
もちろん気をつけることはありますが、私にとっては大体の雰囲気が分かる地域でもありました。安心できる反面、旅の空気も少しゆるみやすかった。

緊張感が抜けた状態に、刺激への慣れも重なった。そのふたつが合わさったのが、この時期の中だるみだったと思っています。


ペースを変えた

はっきりした解決策があったわけではありません。ただ、いつものペースでは進めにくくなっていたので、少しずつ変えていきました。

まず、予定を詰めすぎないようにしました。「あそこも行かないと、ここも見ておかないと」と旅程を組むと、気持ちが鈍っている時期にはそれだけで面倒くささが増してしまう。絶対に行きたい場所だけ残して、途中の街はその場の流れで動くことも増えました。

それから、移動を減らしました。小さな移動がちょこちょこ続くと消耗しやすい。大きく移動して、その街でちょっと長く滞在するようにしていきました。プラハでは2週間以上いたと思います。

無理に新しい場所へ行って気分を上げようとするより、旅のペースを少し落としたことのほうが大きかったです。

同じ場所に長くいると、表面的な感動は少なくても、その街の小さい部分が少しずつ見えてきます。平日の市場の雰囲気、入ったことのない路地、なんとなく気になる店。そういう細かい発見の積み重ねが、観光のテンションをリセットしてくれた気がします。


戻ったきっかけ

旅の感覚が本格的に戻ってきたのは、ハンガリーを過ぎて南下していった頃のことです。

ここから先のルートは、当時ネットで調べてもあまり情報を得られませんでした。ガイドブックもなく、ルート設計も地図を見ながら何となく決める。行った先で、次の行き先までのバスや鉄道が見つからないこともあります。

その少し張った感じが、逆によかったのだと思います。旅のスイッチが少し戻ってきたのは、絶景でもイベントでもなく、たぶん少しだけ必要だった緊張感でした。

安心が続くと、気持ちがゆるむことがある。でも、少し不安が混じると、また集中が戻ることもある。私にとっては、そのバランスが大きかったのだと思います。


宿の人間関係が切り替えになることもある

大きな話ではないですが、付け加えておきます。

数人部屋の安宿では、妙に距離の近い人や、少し強めの言い方をしてくる人に出会うこともあります。正直、面倒だなと思うこともありました。でも、そういう小さな刺激や会話で、逆に気持ちが少し引き締まることもありました。

いつも心地よいことばかりが回復につながるわけではなくて、旅の空気に少し触れ直すことで戻ることもある。今はそんなふうに思っています。


まとめ

旅の途中でワクワクしなくなる時期は、珍しいことではないと思います。

私の場合、グアムのあとに孤独の反動で強く落ちた時期があり、そのあとにもう少し長く、慣れによる中だるみが続きました。西ヨーロッパでは大体の雰囲気が分かっていて、旅の緊張感も少し抜けていました。その状態で、感動の出方が鈍くなっていたのだと思います。

対処はかなり地味でした。予定と移動の密度を下げて、同じ場所に少し長くいる。劇的な方法ではなかったけれど、私にはそのくらいが合っていました。

旅は、ずっと同じテンションで続くものではありません。


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ボンディオラ


調剤薬局の薬剤師として働きながら、一人旅を中心に80か国ほどを訪れてきました。

このブログでは、旅の楽しさだけでなく、体調、準備、不安、旅先での気持ちの揺れについても、旅する薬剤師の視点からやわらかく書いています。

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